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神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)36号 判決

原告 谷英太郎

被告 兵庫県知事

訴訟代理人 一志泰滋 久徳繁雄 岸下秀一 外五名

主文

原告の本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が昭和五七年八月一〇日付でした土地改良事業施行認可申請の適否決定処分についての異議申立に対し、被告が原告に対して同年九月二五日付でした異議申立を棄却する旨の決定を取消す。

2  被告が昭和五七年九月三〇日付でした、八鹿町営土地改良事業(団体営ほ場整備事業・朝倉地区)に関する同事業の施行認可処分を取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨。

(本案に対する答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件棄却決定及び本件認可に至る経緯

(一) 訴外八鹿町は、兵庫県養父郡八鹿町大字朝倉(字島、同前台、同上台及び同西台)並びに同町大字米里(字淵の上、同ナベ、同三角、同里畑、同上台、同小谷、同下台、同川端及び同金長サ)の各地区において、町営土地改良事業(以下、「本件事業」という。)を計画し(以下、「本件事業計画」という。)、土地改良法(以下、「法」という。)九六条の二第五項、七条一項により被告に対して同計画の施行認可の申請をした。

被告は、昭和五七年七月二〇日付で右申請に対し適当との決定をし、(以下、「本件適否決定」という。)、これを公告し(兵庫県告示第一七〇〇号)、本件事業計画書の写しを縦覧に供した(縦覧期間は昭和五七年七月二〇日から同年八月九日まで)。

(二) 原告は、異議申立期間内である同年八月一〇日に被告に対し、法九六条の二第五項、九条一項に基づいて、右公告にかかる本件適否決定に対する異議申立(以下、「本件異議申立」という。)をしたところ、被告は同年九月二五日付で右異議申立を棄却する旨の決定(以下、「本件棄却決定」という。)をした。

(三) その後、被告は、同月三〇日付で本件事業の施行を認可し(以下、「本件認可」という。)、同年一〇月一二日付でこれを公告した(兵庫県告示第二三〇六号)。

2  本件棄却決定の違法性

しかしながら、次に述べる理由により、本件棄却決定は違法である。

(一) 本件棄却決定固有の違法

本件棄却決定は、単に本件事業の目的を摘示することによつて、その適法性を導き出しているにすぎず、原告の本件異議申立の理由に対し直接の判断を避けているから、異議申立に応答したものとはいえず、違法である。

また、本件棄却決定は、被告の本件適否決定が法九六条の二第五項、八条所定の調査、意見、判断に基づいていない点において違法であるとする原告の主張に対し、事実上判断していないのに等しいから、この点においても違法である。

(二) 本件適否決定の違法性

(1) 法一条一項は、法の目的について「この法律は、農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施するために必要な事項を定めて、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もつて農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資することを目的とする。」旨規定している。

ところが、本件事業は、このような目的のためではなく、農業生産とは直接結びつくことのない国道9号線バイパス(以下、「本件バイパス」という。)新設のために法を利用又は流用しようとするものであるから、法の適用される余地のない違法な計画である。

(2) すなわち、本件事業計画では、本件バイパス用地を事業施行地区外としているが、本件事業がバイパス建設のために立案されたものであることは新聞報道等により明らかであり、更に、事業計画図にはバイパス用地が明示され、事業計画書にも「11 その他 国道9号線バイパス工事 建設省」と記載されていることからも明白なとおり、その実体は本件バイパス建設計画の一環として位置づけられているところ、バイパス建設は土地改良事業として法二条二項に列記されたどの事業にも含まれていない。よつて、本件事業は法二条二項所定の事業には該当しない。

(3) 仮に、本件計画の目的が、施行区域である本件バイパス用地外の農地の土地改良にあるとしても、バイパス建設によつて近い将来その沿道が街の中心部として形成され、市街地又は近郊商業地としての性格をもつようになることは、主要道路の移設変更に伴つて街の中心部が移動してきたこれまでの八鹿町の歴史に照らして明らかであるから、本件バイパスが建設されれば、その沿道は遠からず街の中心部となり、農業生産には不適当な地域となることも明白というべきである。よつて、本件バイパスは、その用地周辺の農業振興という観点からみれば、無益なものである。

(4) 法九六条の二第一項、五項、八条四項一号所定の「土地改良事業の施行に関する基本的な要件」について定める法施行令二条一号及び六号はそれぞれ、「当該土地改良事業の施行に係る地域の土じよう、水利その他の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためその事業を必要とすること」(以下、「必要性」という。)及び「土該土地改良事業が森林、運輸、発電その他に関する事業と競合する場合において、国民経済の発展の見地からその土地改良事業の施行を相当とすること」(以下、「総合性」という。)と規定している。

ところが、本件事業は右(3)で述べたとおり、農業から商業への産業構造の転換を促すものでこそあれ、法の所期する農業生産の拡大や農業構造の改善には何ら資するところがなく、むしろ、農業生産にとつてはマイナスとなるものであるから、右の必要性は存在しない。

更に、前述のとおり、本件計画はバイパス建設という法の予定する目的外の事業のためのものであるが、その点はおくとしても、バイパス計画自体が地域発展に資するかどうかにつき大きな問題をはらんでいるうえ、逆に周辺地域につきバイパス計画との整合性を持たせるならば、むしろ沿道は商業地化すべきであり、本件事業のように、バイパスの沿道を農用地として土地改良事業を行うのは計画の内部矛盾であるから、右の総合性も存在しない。

(5) 以上のとおり、本件事業計画は違法であるから、これを適当とした本件適否決定は違法である。

(三) 前述のとおり、被告のした本件適否決定は違法であるから、同決定を維持した本件棄却決定も違法である。

3  本件認可の違法性

前述したように、本件事業計画は本件バイパス建設用地創出のために沿道を整備しようとするものであり、本来法の適用がないものにこれを流用しようとするものであつて違法であるから、被告は、本件認可をすべきではなかつた。ところが、被告は、本件事業計画における法の定める要件の欠如を看過し、十分な調査や審査を行わず又はあえてこれらの違法に目をつぶり、本件認可をしたものであるから、本件認可も違法である。

4  よつて、原告は、本件棄却決定及び本件認可の取消しを求める。

二  本案前の答弁の理由

1  抗告訴訟の対象となる処分について

抗告訴訟の対象となる処分は、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成し、又は、その範囲を確定することが法律上認められているものと解すべきである。

2  本件認可の処分性について

(一) 本件認可の対象となる土地改良事業計画は、単にその区域を特定し、これに含まれる土地の地積、当該区域の現況、当該事業の一般計画、換地計画の概要等、土地改良事業の基礎的事項を法及び法施行規則の定めるところに基づき、農業経営の合理化、農業生産性の向上発展を目的とする高度の行政的、技術的裁量によつて一般的抽象的に決定されたものである。

(二) すなわち、右事業計画は、特定の個人に向けられ、その権利義務に直接影響を及ぼす具体的処分とは異なり、いわば、当該土地改良事業の青写真たる性格を有するにすぎないものというべきである。

(三) そして、その施行認可が行われた段階においても、それは事業計画が決定されたにすぎず、前記青写真たる性格は何ら変わるものではないから、本件認可は、処分性を欠き、抗告訴訟の対象とはならないものと解すべきである。

3  本件棄却決定の処分性について

(一) 前述のとおり、本件認可が抗告訴訟の対象となるべき行政処分に当たらない以上、認可前の本件事業計画は、当該土地改良事業に関係ある土地又はその土地に定着する物件の所有者など利害関係人の権利義務に何らの影響を及ぼすものではないから、こうした認可前の手続である本件棄却決定に対し、その取消しを求める抗告訴訟を提起することはできないものというべきである。

(二) もつとも、法九条は、土地改良事業認可申請の適否決定についての都道府県知事に対する異議の申出の手続を定めているが、右手続は、本来なら、処分性を欠くため行政不服審査法や行政事件訴訟法による不服申立は認めないが、土地改良の目的である農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施する見地から、事業計画をより実効性のあるものとするとともに、利害関係人の利益を不当に損わないようにするために特に設けられたものであり、同条五項において右異議に対する決定につき行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨定められているのは、以上のことを法文上明確にした宣言的規定にすぎないのである。

4  以上のとおり、本件訴えはいずれも不適法であるから、却下を免れない。

三  本案前の答弁の理由に対する認否

争う。

四  本案前の答弁の理由に対する原告の反論

1  抗告訴訟の対象となる処分について

(一) 抗告訴訟の対象となる処分は、かつては被告の主張するとおり、「公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によつて直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」と観念されていた。すなわち、一九世紀的な秩序国家においては、行政の主たる作用は秩序行政作用であつたから、抗告訴訟における行政処分概念も、権利利益を直接侵害するいわゆる侵益処分を中心として構成されてきた。旧訴願法等の出訴事項列記主義も、まさに、右侵益処分中心の観念の延長線上にあるものである。

(二) しかし、その後の行政作用の拡大と、いわゆる給付行政又は計画行政への転換に伴い、前述したいわゆる直接の侵益処分中心の考え方では抗告訴訟の対象を規律しきれなくなつてきた。そこで、行政事件訴訟法は列記主義を排したが、更に、行政処分概念についても、既成の侵益処分型の概念で抗告訴訟の対象を規律するのではなく、逆に何をもつて抗告訴訟の対象とするのかという観点から再構成を迫られてきたのである。こうして、現行行政事件訴訟における抗告訴訟の対象となる処分には、従来行政作用法の体系的説明のために学説上用いられてきた伝統的な行政行為の概念に属さない行政庁の活動も含まれることとなつてきているのである。

(三) 従つて、抗告訴訟の対象となる行政処分として、仮に、「直接の法的効果」が要求されるとしても、その直接性は法理論上よりもむしろ、具体的な事実上の問題としてとらえられるべきであり、いわゆる一般的行為についても、手続上一般的行為として規定されているかどうかではなく、具体的にその行為により、個人が不利益を受ける可能性が連結されているかどうかという視点から判断されるべきである。

2  本件認可の処分性について

法九六条の二第一項は、「市町村は、土地改良事業を行う場合には、都道府県知事の認可を受けなければならない。」と規定し、法九六条の四において、これを土地改良区施行の場合に準用している。従つて、原告は、土地改良区施行の場合における土地改良区の設立認可と同様、事業計画の認可によつて、賦課金(経費)の支払義務を負い、換地計画の策定と換地処分への手続の進行を余儀なくされ、認可公告後の土地形質の変更について損失補償をうけられないこととなる(法三六条一項、四ないし七項、五二条から六五条までのうち、九六条の四で準用するもの及び一二二条)。

よつて、本件認可は、土地改良区設立認可に相当するものということができ、前述のような直接的な法的効果が原告に生ずるものであるから、当然に抗告訴訟の対象となる行政処分であると解すべきである。

3  本件棄却決定の処分性について

土地改良事業施行認可申請の適否決定への異議の申出に対する知事の決定は、明らかに行政庁の処分であり、しかも一般的処分ではない。

そして、右適否決定に対する異議申立は、法九六条の二、九条において認められている手続であるところ、法が、異議申立を認め、その手続について行政不服審査法を準用している(法九条三項)にもかかわらず、この異議申立に対してなされた決定に対して抗告訴訟を提起できないとするのは、明らかに矛盾である。

なお、法九条五項が、右異議申立に対する決定に対しては行政不服審査法による不服申立ができない旨を規定しているのは、適否決定に対する異議申立手続自体が行政不服審査法の手続を準用し、おおむねこれと同一の手続を採つているために、これに対する不服申立手続において手続が重複することを防止する趣旨によるものであつて、右異議に対する知事の決定に対し、抗告訴訟を提起することまで禁ずる趣旨ではないと解すべきである。

従つて、土地改良事業施行認可申請の適否決定への異議の申出に対する知事の決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分であるというべきである。

4  以上のとおり、本件棄却決定及び本件認可はいずれも処分性を有するから、被告の本案前の答弁の理由は、失当である。

五  本案前の答弁の理由に関する被告の再反論

1  町営土地改良事業の手続

市町村の行う土地改良事業(以下、「町営土地改良事業」という。)の一連の手続は、大要次のとおりである。

(一) 市町村は、土地改良事業の施行に係る一定の地域を定め(法九六条の二第二項)、地域内の国有地等及び宅地等の編入同意(法九六条の二第五項、五条六、七項)を得た上で、計画の概要を五日間公告し、地域内の法三条に定める資格者の三分の二以上の同意(法九六条の二第二項)を得る。

この同意が集まれば、市町村は土地改良事業計画書を作成して、知事に事業認可を申請(法九六条の二第一項、五項、七条)し、知事は専門的知識を有する技術者の意見を聞いて(法九六条の二第五項、八条二項)、右適否を決定する(法九六条の二第五項、八条一項)。知事は、適当と決定した場合には、事業計画書を二〇日間以上公告縦覧に供し(法九六条の二第五項、八条六項)、縦覧満了の日の翌日から一五日以内に利害関係人の異議の申出を受ける(法九六条の二第五項、九条一項)。知事は、異議の申出がない場合又は異議の申出に対して決定をした場合には、事業計画を認可し、公告する(法九六条の二第五項、一〇条一項、九六条の二第七項)。こうして、町営土地改良事業が開始される。

(二) 事業が進捗し、市町村が事業に要した経費を徴収する場合には、直ちにこれを徴収できるわけではなく、別途、賦課行為が必要であり(法九六条の四、三六条一項)、この場合には法九六条の四が法四六条を準用していないが、行政不服審査法に基づく異議申立て及び行政事件訴訟法に基づく抗告訴訟ができると解されている。

(三) また、市町村は事業の性質上換地を要する事業について換地処分を行うのである(法九六条の四、五四条一項)が、事業施行認可があれば直ちに換地処分が可能となるものではなく、別途、次の手続が必要である。

すなわち、市町村は、換地計画を権利者会議にはかり、会議において三分の二以上の賛成を得て換地計画を定め(法九六条の四、五二条五項、六項)、農業委員会の同意書を添付して(法九六条の四、五二条八項)、知事に換地計画の認可を申請する(法九六条の四、五二条一項)。知事は、申請のあつた換地計画に所定の審査を行い、その適否を決し(法九六条の四、五二条の二)、適当と決定したときは二〇日間以上公告縦覧に供し(法九六条の四、五二条の二第四項)、縦覧満了日の翌日から一五日以内に利害関係人の異議の申出を受ける(法九六条の四、五二条の三第一項)。知事は、異議の申出がない場合又は異議の申出に対して決定をした場合には換地計画を認可する(法九六条の四、五二条の三第二項、五二条の四)。

市町村は、換地計画に知事の認可を得、工事が完了すると換地処分を行つて、その旨を知事に届け出、知事は換地処分があつた旨を公告する(法九六条の四、五四条)。そして、換地処分に対しては行政事件訴訟法に基づく抗告訴訟が提起できると解されている。

換地処分の公告があると、市町村は清算金を徴収又は支払い(法九六条の四、五四条の三)、換地処分登記を法務局に申請することになる(法九六条の四、五五条)。

(四) また、市町村は工事のため必要がある場合又は換地計画に基づき換地処分を行うにつき必要な場合には、一時利用地の指定ができる(法九六条の四、五三条の五)が、この場合には行政不服審査法に基づく異議申立て及び行政事件訴訟法に基づく抗告訴訟ができると解されている。

2  経費の徴収について

このように、市町村が経費を徴収する場合には、別途賦課処分がなされ、これに対し抗告訴訟を提起することが予定されている。

従つて、経費の支払義務は、右賦課処分の法的効果として発生するものであつて、本件認可の法的効果ではないから、この点を理由とする原告の主張は失当である。

3  換地処分への手続進行について

換地計画を策定し、換地処分を行うための手続を進めること自体は、個人の具体的な権利義務に何らの変動を及ぼすものではない。

そして、右手続が進行し、個人の具体的な権利義務に変動を及ぼす一時利用地指定処分及び換地処分が行われた場合には、これらの処分に対し、それぞれ抗告訴訟を提起できるのであるから、施行認可の処分性を認めなくとも、施行地内の権利者の権利保護に欠けるところはない。

4  損失補償の制限について

認可公告後の土地形質変更について損失補償を受けられるかどうかの個別具体的な判断は、法一二二条二項但書に定める都道府県知事の許可、不許可にかかつている。

従つて、一定の土地の形質変更について損失補償が受けられなくなるという法的効果は都道府県知事の右不許可処分によつて発生するのであつて、本件認可の法的効果ではない。そして、右の法的効果に不服のある者は、右不許可処分に対し抗告訴訟を提起すれば足り、これにより権利者の権利保護に欠けるところはないから、法一二二条二項の存在は、施行認可の処分性を理由づけるものではない。

また、仮に、右の効果が本件認可の公告によつて発生するとしても、これは法律が特に付与した公告に伴う付随的効果にすぎないから、本件認可そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。

5  以上のとおりであるから、本件認可が処分性を有するとの原告の主張は、理由がない。

六  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は、本件適否決定の日付を除き認める。同決定は、昭和五七年七月五日付で行われた。

2  請求原因第2項について

(一) 同項冒頭部分及び同項(一)の各主張は争う。

(二) 同項(二)について

(1) 同(1)のうち、法一条一項に原告主張の規定が存在することは認め、その余の主張は争う。

(2) 同(2)のうち、本件バイパス用地が本件事業施行地区外であること、事業計画図及び同計画書に原告主張のような記載があること並びにバイパス建設が法二条二項所定の事業に含まれていないことは認め、その余は争う。

(3) 同(3)の主張は争う。

(4) 同(4)のうち、法施行令二条の規定は認め、その余は争う。

(5) 同(5)の主張は争う。

(三) 同項(三)の主張は争う。

3  請求原因第3項の主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第1項の事実(本件棄却決定及び本件認可の存在)は、本件適否決定の日付を除き、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件適否決定は、昭和五七年七月五日付で行われたことが認められる。

二  原告は、本件認可及び本件棄却決定をいずれも違法であるとしてその取消しを求めているので、これらが抗告訴訟の対象となるべき行政処分に当たるかどうかについて判断する。

1  抗告訴訟の対象となる処分は、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成し、又は、その範囲を確定することが法律上認められているもの、すなわち、当該行為が個人の法律上の地位ないし権利関係に対し、直接に何らかの影響を及ぼすような性質のものであると解すべきであり(最高裁昭和三〇年二月二四日第一小法廷判決・民集第九巻第二号二一七頁、同昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決・民集第一八巻第八号一八〇九頁参照)、これに対し、原告は、抗告訴訟の対象となる行政庁の行為とは当該行為により個人が不利益をこうむる可能性が連結されているものをも含む旨主張するが、原告の右主張は、独自の見解であり、採用できない。

2  そこで、次に、本件認可及び本件棄却決定が前記のような性質を有するものであるかどうかについて検討する。

(一)  土地改良事業の手続の概要

本件認可及び本件棄却決定は、法九六条の二第一項に基づき八鹿町が行う土地改良事業(町営土地改良事業)に関するものであるところ、法の規定する右事業の一連の手続は、大要次のとおりである。

(1) 市町村は、土地改良事業の施行に係る一定の地域を定め、議会の議決を経て計画の概要を決定し(法九六条の二第二項、法施行規則七六条の三、六条)、地域内の国有地等及び宅地等の編入同意(法九六条の二第五項、五条六、七項)を得た上で、計画の概要を五日間公告し、地域内の法三条に定める資格者の三分の二以上の同意(法九六条の二第二項、法施行規則七六条の五、八条)を得る。

この同意が集まれば、市町村は、当該土地改良事業の施行地域の所在、地積及び現況、一般計画、主要工事計画、工事の着手及び完了の予定時期、土地改良施設の管理の場合には、管理すべき施設の種類及び管理方法、換地計画を定める土地改良事業の場合には、農用地の集団化の方針、土地の評価方法、清算方法その他当該換地計画を定めるために必要な基本的事項並びに事業費の総額及び内訳等を定めた土地改良事業計画書を作成して、知事に事業認可を申請(法九六条の二第一項、五項、七条、法施行規則一四条の二)し、知事は、専門的知識を有する技術者の意見を聞いて(法九六条の二第五項、八条二項)、右事業計画の適否を決定する(法九六条の二第五項、八条二項)。知事は、適当と決定した場合には、事業計画書を二〇日間以上公告縦覧に供し(法九六条の二第五項、八条六項)、縦覧満了の日の翌日から一五日以内に利害関係人の異議の申出を受け(法九六条の二第五項、九条一項)、異議の申出がない場合又は異議の申出に対して決定をした場合には、事業計画を認可し、公告する(法九六条の二第五項、一〇条一項、九六条の二第七項)。以上の手続を経て、町営土地改良事業が開始される。

(2) そして、事業が進捗し、市町村が事業に要した経費を徴収する場合には、直ちにこれを徴収できるわけではなく、別途、賦課行為が必要である(法九六条の四、三六条一項)。

(3) また、市町村は、事業の性質上換地を要する事業については換地処分を行うのである(法九六条の四、五四条一項)が、事業施行認可があれば直ちに換地処分が可能となるものではなく、別途、次の手続が必要である。

すなわち、市町村は、換地計画を権利者会議にはかり、会議において三分の二以上の賛成を得て換地計画を定め(法九六条の四、五二条五項、六項)、農業委員会の同意書を添付して(法九六条の四、五二条八項)、知事に換地計画の認可を申請する(法九六条の四、五二条一項)。知事は、申請のあつた換地計画に所定の審査を行い、その適否を決し(法九六条の四、五二条の二)、適当と決定したときは二〇日間以上公告縦覧に供し(法九六条の四、五二条の二第四項、八条六項)、縦覧満了日の翌日から一五日以内に利害関係人の異議の申出を受け(法九六条の四、五二条の三第一項)、異議の申出がない場合又は異議の申出に対して決定をした場合には換地計画を認可する(法九六条の四、五二条の三第二項、五二条の四)。

市町村は、換地計画に知事の認可を得、土地の区画形質の変更等の工事が完了すると換地処分を行つて、その旨を知事に届け出、知事は換地処分があつた旨を公告する(法九六条の四、五四条)。

換地処分の公告があると、市町村は清算金を徴収又は支払い(法九六条の四、五四条の三)、換地処分登記を法務局に申請し(法九六条の四、五五条)、土地改良事業は終了する。

(4) なお、市町村は、工事のため必要がある場合又は換地計画に基づき換地処分を行うにつき必要な場合には、一時利用地の指定ができる(法九六条の四、五三条の五)。

(二)  本件認可の処分性

(1) 前述したところによれば、市町村営の土地改良事業は、都道府県知事の土地改良事業の施行認可(本件認可はこれに該当する)により、事業計画において定められた当該事業の概要が確定し、これに基づき、土地の区画形質の変更等の工事が行われ、必要に応じ、一時利用地の指定又は市町村において定め、知事の認可を得た換地計画に基づいて換地処分が行われることとなる。従つて、土地改良事業は、これを全体としてみれば、施行区域内の権利者の権利に重大な変動をもたらすものであるということができる。

(2) しかしながら、土地改良事業の施行の認可は、その対象となる事業計画そのものが、単に施行区域を特定し、これに含まれる土地の地積、当該区域の現況、当該事業の一般計画、換地計画を定めるために必要な基本的事項、事業費の総額等、土地改良事業の基礎的事項を法及び同法施行規則の定めるところに基づき、農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善を目的とする高度の行政的、技術的裁量によつて一般的、抽象的に定めているにすぎないものである。従つて、右事業計画は、特定の個人に向けられその権利義務に直接影響を及ぼす具体的処分とは異なり、いわば、当該土地改良事業の青写真たる性格を有するにすぎないものと解すべきである。そして、右事業計画について施行認可がされても、これにより事業計画が確定されたにすぎず、前記の青写真たる性格は何ら変わるものではないから、本件認可は、たとえその公告がされた段階においても、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないものというべきである(最高裁昭和四一年二月二三日大法廷判決・民集第二〇巻第二号二七一頁参照)。

(3) なお、原告は、本件事業計画の認可によつて、(イ)賦課金(経費)の支払義務を負い、(ロ)換地計画の策定と換地処分への手続進行を余儀なくされ、(ハ)認可公告後の土地形質変更について損失補償を受けられなくなることを理由に、本件認可について抗告訴訟が認められるべきである旨主張する。

しかしながら、前記第2項(一)において述べたように、経費の支払義務は、別途なされる賦課処分の法的効果として発生するものであつて、施行認可の法的効果ではなく、また、換地計画の策定と換地処分への手続の進行は、それ自体では具体的な権利義務の変動に当たらないことは明らかである。更に、施行認可の公告後土地の一定の形質変更に関して損失補償が受けられなくなることの法的効果は、具体的には都道府県知事のこれらの行為に対する不許可によつて発生するのであつて施行認可の法的効果ではないうえ、仮に、右効果が施行認可の公告によつて発生するとしても、これは、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき、法が特に付与した公告に伴う付随的効果にすぎないから、結局、こうした損失補償を受けられなくなることは、施行認可又は公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。

(4) また、本件認可又はこれに先行する手続の違法を主張する者は、後日手続が進められ、個人の具体的な権利義務に直接変動を与える一時利用地指定処分(法五三条の三)、換地処分(法五四条)、経費の賦課処分(法三六条)、又は損失補償に関する知事の不許可処分(法一二二条二項但書)がなされた場合には、これらの具体的処分の取消しを訴求することができるのであるから、これらの救済手続によつて具体的な権利侵害に対する救済の目的は十分達成でき、施行地内の権利者の権利保護には何ら欠けるところはない。

(5) よつて、直接それに基づく具体的な権利義務の変動が生じない施行認可の段階では理論上からいつても、いまだ訴訟事件としてとりあげるに足りるだけの事件の成熟性を欠くのみならず、この段階で特に訴えの提起を認める必要もないと解するのが相当であるから、原告の前記主張は、いずれも本件認可が抗告訴訟の対象としての処分性を有することの根拠たりえない。

(三)  本件棄却決定の処分性について

(1) 前述のとおり、本件認可が行政訴訟の対象となるべき行政処分に当たらない以上、右認可前の事業計画に至つては当該土地改良事業に関係ある土地又はその土地に定着する物件の所有者など利害関係人の権利義務に何らの影響も及ぼさないことは明らかである。

(2) もつとも、法九条は、土地改良事業認可申請の適否決定についての都道府県知事に対する異議の申出の手続を定めているが、右手続は、土地改良の目的である農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施する見地から、既に適否決定された土地改良事業計画をより実効性のある計画にするとともに、前記利害関係人(同条一項)の利益を不当に損わないようにするために、本来なら行政不服審査法又は行政事件訴訟法による不服申立てが認められない事項につき、特に設けられたものであり、同条五項が異議に対する知事の決定につき、行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨定めているのは、以上の趣旨を法文上明確にしたものであると解すべきである。また、右異議申立て手続に行政不服審査法の手続が準用されている(同条三項)ことも、右手続を適正なものとする目的によるものと解されるから、このことをもつて直ちに、右異議申立に対する知事の決定に対し行政不服審査法又は行政事件訴訟法による争訟を認めた趣旨であると解することはできない。

(3) 従つて、本件棄却決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないものというべきである。

3  以上のとおり、本件認可及び本件棄却決定は、いずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないから、これらの取消しを求める原告の本件訴えは、いずれも不適法である。

三  結論

よつて、原告の本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上博巳 笠井昇 田中敦)

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